仙台高等裁判所秋田支部 平成元年(ネ)30号 判決 1990年11月26日
控訴人
日光商品株式会社
右代表者代表取締役
久保勝長
控訴人
芳賀昌志
同
保科雅義
同
川崎政美
右四名訴訟代理人弁護士
肥沼太郎
同
三崎恒夫
被控訴人
橋本穂
右訴訟代理人弁護士
津谷裕貴
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
一 控訴人らは、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一五枚目表四行目の「秋田支店」から同面五行目末尾までを、「昭和五九年四月からその秋田支店の支店長であった者、同保科、同川崎は昭和五九年当時同支店の営業担当の従業員であった者である。」と補正し、六行目の「大学病院」を「昭和五四年四月から秋田大学医学部附属病院」に改め、同面九行目の「対して」の次に「本件先物取引の委託証拠金、追加証拠金として」を挿入する。
2 同一八枚目裏一〇行目の次に行を改めて次の主張を加え、同面一一行目の項目番号「7」を「8」に改める。
「7 無敷
控訴人芳賀、同川崎は、原判決添付別紙売買一覧表番号17の取引の際被控訴人から証拠金を取らずに四三枚の買建玉をした。」
3 同一九枚目表二行目の次に行を改めて次の主張を加える。
「特に、顧客に借金をさせてまで取引を継続させることは許されず、その場合は取引を中止させなければならないのに、秋田労働金庫から三〇〇万円借受けて委託証拠金を捻出していた被控訴人が、利益が出たらそれで右借受金の返済に充てようとして、取引の手仕舞を指示していたのに、控訴会社ではこれに従わず買増しした。」
4 同面四行目の「また」とあるのを削除して、同部分に「控訴人芳賀について特記すれば、同控訴人は、昭和五九年四月控訴会社秋田支店支店長に着任して既になされている被控訴人との取引を引継いだ際、前任者や他の控訴人らの違法行為を了知した上で、以後の被控訴人の取引の大半に関与したのであり、また同人を含む控訴人らは、右違法行為を組織的に行ってきたもので、」との主張を補充する。
5 同二枚目裏六行目の「同第二については、」の次に「控訴会社が被控訴人から金銭の預託を受けたことは認めるが、その金額、内訳は」を挿入し、三枚目表九行目の「7」を「8」に、同丁裏一行目の「否認する」を「争う」にそれぞれ改める。
6 同五枚目表七行目の次に行を改めて次の主張を加える。
「(3) 本件取引は極めて自然な流れのうちに行われ、取引量も一枚から始められて無理なく増えていったもので、損金のほとんどは昭和五九年六月二〇日及び同年七月二日の取引に予期しない大暴落があったために生じたものであり、本件取引に何ら違法なところはない。」
三 証拠の関係<省略>
理由
一当裁判所も、次のとおり付加、補正するほか、原判決の説示と同じ理由により被控訴人の本訴請求は末尾総括部分説示の限度で認容されるべきものと判断するので、これを引用する。
1 原判決理由二項冒頭に掲げる証拠として「当審における控訴人川崎政美本人尋問の結果」を加える。
2 同六枚目表九行目の「原告は」の次に「昭和二五年五月一五日生れで、」を、一〇行目の冒頭「学」の次に「医学部附属」を各挿入し、同行の「働いている者であるが」を「働いている者で、本件取引当時、養祖母、養父母、妻、子供二人の七人家族であって、給料(月収一〇数万円)以外の収入はなく、他に格別の資産も有しておらず、また、商品先物取引はもちろん、株式投資の経験もなかった。しかして、被控訴人は、」に改め、同面一一行目冒頭の「月、」の次に「控訴会社の営業担当従業員の」を、「電話で」の次に「数回」を、「勧誘を受け、」の次に「当初これを断っていたが、」を、同丁裏二行目の「説明を受けて、」の次に「その際“特に輸入大豆は今が四〇〇〇円台で底値なので必ず五〇〇〇円位まで値上りしてもうかる、外務員としての経験で今が一番いい時期だ、任せてくれ。”等の説明、勧誘を受け、その後昭和五九年一月上旬数回電話で同様の勧誘を受けて、」をそれぞれ挿入し、同面三〜四行目の「最低取引単位である一枚(二五〇袋)」を削除し、四行目の「そして、」の次に「控訴人保科から輸入大豆は一枚二五〇袋七万円で一〇枚位から取引を始めるともうけも大きいと言われたが、資金に余裕がなかったので、とりあえず最低取引単位である一枚(二五〇袋)の輸入大豆を買おうと思い、」を挿入し、同面九〜一〇行目の「買われた。」に続けて「右契約の際、商品取引委託のしおりやパンフレット、受託契約準則が被控訴人に交付されたが、控訴人保科から特にこれらの内容にわたる説明はなく、また、右七万円は委託証拠金の額であって、実際の売買価格はそれよりはるかに高額であることとか、買を建てた後に値が下がったら、場合によっては証拠金額以上の損失が生ずることがあり、追加証拠金が必要になる場合もあることなどの先物取引の危険性についての説明も控訴人保科からなかった。」を加え、七枚目表二行目冒頭の「には」の次に「値下りしていても今は「買」がいいので」を挿入し、六〜七行目の「委託した。」の次に「そして、委託証拠金として同月一二日、二〇日、二三日頃各七万円、二四日頃一四万円を控訴会社に預託した。」を加え、同面一〇行目の「といった感じの」を「との趣旨の」と改める。
3 同七枚目裏三行目の「依然」を「輸入大豆は依然値崩れして」に改め、五行目の「様子を見た方がよい」の次に「、両建をして証拠金を入れれば最初に買った金は戻ってくる」を、八行目の「右保科は」の次に「被控訴人に対し、」を、八枚目表四行目の「上司に当たる」の次に「控訴会社営業課長の」を各挿入し、同面九行目の「返事をしたのであるが、」を「返事をした。そして、同月三〇日委託証拠金として四二万円を控訴会社に預託したのを初め、同年二月八日控訴人川崎から“今までの買の分が損をしているので両建にする、両建にすれば損も得もない、任せてもらえば絶対もうけさせてやる。”などと言われて三五万円を同月一〇日同控訴人から“両建でしのいでみる。”などと言われて三五万円を、同月二〇日頃同控訴人から“値崩れして危ない”などと言われて実母から借金をした二八万円を、それぞれ委託証拠金として控訴会社に預託した。被控訴人は、同月二二日頃控訴人川崎に全取引の手仕舞をするように言ったが、同控訴人から“弱気じゃだめだ、損になっていないのでもうけさせてやる”旨言われ、取引を継続していった。」に改める。
4 同八枚目裏三行目の「目が出ず」を「芽が出ず、被控訴人が利益が出た分は仕切って買増ししないで残しておいてくれと控訴人川崎に指示したのに、同控訴人は“枚数も増えてきたから、更に増やして大きくもうけたほうがよい。損にはなっていない。任せてくれ。”などと言って、更に取引を継続させた。被控訴人は、」に、同面四行目の「ないばかりでなく、」を「なかった。そして、被控訴人は、同年五月二〇日頃控訴人川崎から“値崩れして今大変だ、至急両建してくれ。”との電話連絡を受けた折これに抗議したところ、代って受話器をとった控訴会社秋田支店長の控訴人芳賀から、右川崎と同様に“大至急両建しないと一〇〇万円以上の損金が出る。こんな風に話している間にも更に値崩れがひどくなってしまう”と有無を言ういとまもなしに急立てられたため、やむなく秋田労働金庫から借受けて同月三〇日二九七万七五〇〇円を控訴会社に預託したが、右電話のあった当日かその前日に当る同月一九日の前場三節に既に別紙売買一覧表番号17の買玉(同16の売玉の両建)が建てられていた。被控訴人は、右金員を預託する際、控訴人芳賀に、右証拠金は借金をして捻出したもので、右借金を返済しなければならないので利益が出たら仕切って買増ししないようにと予め指示したが、その後も、六月二〇日に同一覧表の番号19、20の買建五二枚を仕切って約一七〇万円の利益が出たのに、一部証拠金に振替えて、同日更に合計七七枚の買建をするなど(同番号21、22)、同番号18以降の売買がなされた。被控訴人は、同日これを知って控訴人芳賀に強く抗議し、再度取引の手仕舞を求めたが、同月二二日被控訴人が留守の間に同番号23の取引がなされた。かくして、」にそれぞれ改め、九枚目表二行目の末尾に続けて「原審における被控訴人、控訴人保科、同芳賀、当審における控訴人川崎各本人の供述中、右認定に反する部分は採用できない。」を加える。
5 原判決理由三項(「被告らの責任」の項)を次のとおり改める。
「1 商品先物取引は、証拠金の預託と所定期間(限月)内に強制される反対売買から生ずる差金決済の仕組を利用することにより、少額の資金準備でもって多額の取引をすることを可能にした制度であり、予期どおりの値動きをした場合には高率の利益をもたらすものであるが、その反面、諸々の社会的、経済的、気象的、時には政治的要因等により絶えず変動する商品相場の動向を的確に把握するのは専門的にそれに関する情報の収集や分析に従事する者にとってさえも容易でないのが通常であるため、予測が外れることも多く、その場合には高率の損失を余儀なくさせる極めて投機性の高い危険な取引制度である。その上、一般の取引参加者は、売買委託手数料を業者に支払わなければならないのであるが、建玉時と手仕舞の二度支払義務が生ずるので、その合計額は無視しえない金額となり、これを補填して更に上回るだけの利益を確実に得ることは一層難しくなる。かかる危険防止の観点から、商品取引法、受託業務準則、受託業務に関する取引指示事項等には、一般投資家が不測の損害を被らないようにする趣旨で一定の行為を禁止又は制限する規定が設けられた。
右の如き制度的な危険性及び右各規定に鑑みれば、商品先物取引業者としては、商品先物取引に関する知識や経験がなく、ほぼ全面的に業者の提供する情報、判断に依存せざるを得ない一般投資家を勧誘する際は、この仕組や危険性を理解する能力と、生活に支障を来さないだけの余裕資金を有する者のみを対象とし、その上で更に右の点について十分な説明をし、また、具体的な取引をするにあたっては、顧客が経験を積むまでの少くとも最初の数ケ月間(対象商品に穀物が多く、これが気象変動に大きな影響を受けることからすると、一年程度ということも考えられる。なお、保護育成期間の三ケ月というのは取引数量についてのみの制限であり、単に時間的に三ケ月を経過したことと、経験の積重ねとは必ずしも一致するものではない。)は、前記諸要因に関する十分な情報と分析結果を提供し、その自主的な意思決定を俟って、且つ、当該顧客にとって無理のない金額の範囲内で、取引申込に応ずべきであり、後記限度を超えて急き立てたり押し付けたりすることがあってはならないのである。
尤も、右の如き或意味で悠長な取引方法は、先にも断ったとおり経験の浅い者を対象とする場合に限られるのであり、しかも建玉には妥当しても一刻を争う手仕舞の際、殊に損失増加傾向の時には適用上困難な面のあることは理解できるが、この場合でも両建や難平を選択させるのは建玉の一種であるから、前記の手続を履み、条件を充す必要があり、追証拠金の納付により玉を維持させる場合も右に準ずるというべきである。そうすると自ら、予測が外れた局面で手仕舞うとすれば、仕切ることにより損失を顕在化させるのが一般的な形とならざるをえないが、業者が顧客を逃さないように右損失を回復させて取引を継続しようというのであれば、時期を改めて出直しの形で全く新たな玉を建てさせる以外になく、やむをえないことである。
このように、業者には一般投資家の利益を不当に侵害しないように履践すべき諸種の準則とこれから導き出される手続や条件があるので、経験の浅い者を取引相手とした場合に、業者がこれら義務を怠り、それが社会通念上許容される限度を超えるに至ったときは、該取引は業者の違法行為となり不法行為を構成するというべきである。
2 これを本件についてみると、被控訴人は、全く商品先物取引の経験のない素人であり、かつ特別な資産もなくて金銭的に余裕がある者ではなく、控訴人保科もこのことは了知していたのであるが、同控訴人は、被控訴人を先物取引に勧誘した際には、商品取引委託のしおりなどを示さずに、商品先物取引の利益面のみを強調し、前記の如き先物取引の仕組や危険性について十分説明しなかった。
3 また、その後の取引について事後に控訴会社から売付買付報告書・計算書が被控訴人に送付されていたのにこれに対して被控訴人から異議の申入れもなかったのであるから、本件取引が被控訴人の意思に基づくものでなかったとすることはできないが、被控訴人は、全面的に控訴人らの助言、判断に依存せざるを得ない立場にあって殆ど自主的な意思決定をすることができず、控訴人保科や同川崎の言うままに委託証拠金を預託し、取引全般について同控訴人らに任せていたのであるから、被控訴人の意思に基づくといってもこの程度のことである。しかるところ、取引状況を見ると、控訴人川崎に担当が替わった昭和五九年二月頃から取引量が急激に増え、買建をした輸入大豆が値下り傾向にあったのに、特に同年四月以降実質的には一任売買に近い形態で、損失を拡大する結果になりかねない難平売買や、実質的には手数料分だけ損失が増える両建が短期間内に数多くあり、また短期間内に仕切って同じ玉を建てる殆ど無意味な反復売買(手数料分のみが増大する)がなされている。この間控訴人らは、先物取引に投資可能な被控訴人の余裕資金がどの程度あるのかの把握もしないで、五月一六日に別紙売買一覧表番号16の四三枚の売建をした後、同月一九日には同17の買建の両建をするよう強く求めて、被控訴人に三〇〇万円の借金までさせて証拠金を預託させ、被控訴人の「利益が出たら仕切るように」との指示を無視して利益金を証拠金に振替えた。特に六月二〇日に右一覧表の番号19、20の買建玉を仕切って約一七〇万円の利益を上げたのに、同日七七枚の買玉建(同21、22)をして売買を続け、被控訴人が同日全取引の手仕舞を強く申入れたのにこれに従わずにその後も玉を維持したり、一部無断売買に近い取引形態もとっていた。従って、控訴人川崎、そして、控訴人芳賀は、経験の浅い一般投資家である被控訴人に対してなすべき十分な情報提供と説明義務を尽さず、社会的に許容される限度を超えて急き立てたり押付けたりし、その結果自主的な意思決定を俟たずに、実質的には被控訴人の意向に反して取引を継続させ、しかも被控訴人の資金調達力を超えた範囲まで取引を拡大させたことになり、本件取引過程におけるこれら一連の行為は、全体として違法なものというべきである。
4 前記認定の控訴会社の営業形態、本件取引の経緯、態様等に鑑みると、控訴人らの前記一連の行為は、控訴会社(秋田支店)の営業方針に基づき、その業務遂行として組織的になされたものと認められる。すなわち、控訴人保科は当初の担当者、勧誘者として右一連の本件取引に関与し、同控訴人の原審における供述によれば、同控訴人は別紙売買一覧表の番号8の取引辺りまでしか担当していなかったというのであるが、被控訴人が本件取引を始めたのは控訴人保科の不当勧誘によってであり、担当者が控訴人保科の上司の控訴人川崎に替ったのは当初の予測がはずれて利益が出ず、損失が予想されたためであるのにすぎず、その後右損失を回復するために取引量が増大していったのであって、控訴人保科の行為もその後の取引による被控訴人の損失との間に因果関係があるということができる。また、控訴人芳賀は、昭和五九年四月に控訴会社秋田支店に着任して、前任者の事務を引継ぎ、それ以前の控訴人保科、同川崎の違法行為を積極的に利用して、支店長として自ら被控訴人との取引の継続、拡大を進めたものである。そして、右一連の違法行為は、控訴会社(秋田支店)の業務遂行として支店長の控訴人芳賀を中心に組織的になされたものであり、控訴人らは、右一連の行為によって被控訴人が被った全損害について共同して賠償の責任を(控訴会社については従業員であったその余の控訴人らの使用者として民法七一五条の責任も)負うというべきである。」
6 原判決一二枚目裏四行目の「常識であり」の次に「、被控訴人は当時三三歳の大学病院職員であって、これを理解する能力があり、また、本件先物取引委託契約締結の際、受託契約準則、商品取引委託のしおり、パンフレットなどの交付を受けていて、これを理解し得る状況にあったのであり」を挿入し、一三枚目表一行目の「そして」を「これらの事実によれば、被控訴人にも本件取引による損害の発生、拡大につき過失があると認めるのが相当であるから、控訴人らが賠償すべき損害額を算定するに当たっては過失相殺するのが相当であり」に改め、同面二行目冒頭に「被控訴人の過失割合は三五パーセントとするのが相当と認められ、」を挿入し、同面四行目冒頭から六行目末尾までを削除する。
7 同一三枚目表八行目から一四枚目表八行目までの各項目番号「一、二、三、四」を「(一)、(二)、(三)、(四)」に訂正する。
8 同一三枚目裏一行目冒頭の「あると認められ」から同面七行目末尾までを次のとおり改める。
「、被控訴人が実際に出捐したのは右一覧表番号1ないし6、8ないし10、14の合計四三四万円であって、他は取引利益金が委託証拠金に振替えられ、内三万円が取引終了の際被控訴人に返戻されたのであり、また、被控訴人は昭和五九年五月三〇日さらに四五万七五〇〇円を預託して、控訴会社においてこれが帳尻差損金に充当処理されたから、控訴人らの不法行為により被控訴人が被った損害額は右出捐金から返戻金を差引いた合計四七六万七五〇〇円と認められ、前記被控訴人の過失を勘案すると、控訴人らが被控訴人に賠償すべき損害額は三〇九万八八七五円をもって相当とし、原判決認定の同項目(原判決理由四項2一)の損害額は優に認められるところである。」
9 同一四枚目表六行目の「本件事故」を「本件不法行為」に改める。
二よって、右限度内で被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官小林啓二 裁判官田口祐三 裁判官木下秀樹)